絵の広場・管理人徒然コラム
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| 第6回 2003,3,26 | 全く小うるさい弟分:SATORU君の事・・そして「パフォーマンス」 | |||
| 絵のコラムも第6回目と言う事になりまして、何故か私を慕ってくれるSATORU君の事を書いてみます。
私より5歳年下なのでこちらの顔を立てて自らが「弟分」として振る舞い、一般的な人には奇妙に写る服装の、私にとっては小うるさい、そして家内と子供達にとっては興味津々憧れの存在人物です。 1975年位から「パフォーマンス」という現代美術につながる運動が出てきましたが、田中岷さん達といち早くその運動に参加した人物なんですが、建築士の免許を取ってからボルドー美術大学へ留学した、私から見てもいわくありげな人間です。 過去に何回も家庭を持った事もあるのですが(私と違って)未だ、フリーの立場を貫いております(実に羨ましい)。ヨーロッパでの生活期間の時期は少しずれますが同じような経験をした事からか、親密感を持ったのでしょう。日本での活動の場を求めた時に、どういうルートでなのか知りませんが私の処に来ました。「そしてプロデュースしろ。」といきなり来ました。 まず、彼のパフォーマンスを見ました。正直、カルチャーショックを覚え、暫くはボーゼンとした事を昨日の事のように思い出します。それまでの演劇とも舞踊ともダンスとも、更々戦後流行のポロックに代表されるアブストラクトションとも異なります。私も負けじ魂を発揮して彼と暫く組み、路上で、広場で、商店街で、デパート屋上、催事場、空き店舗、画廊まで借りて彼のパフ−マンスに私はパーカッションで戦いを挑みました。 大手商社社員(今も悲しいかな?)で、元プロドラマーのNiSi−TAKA(7歳年下)が参加し、それこそ田中岷さん達と競って楽しみました。勿論、路上不許可でパフォーマンスをした後はちょっとばかり調べられもしましたが。このSATORU君と田中岷さん達がもたらした、「パフォーマンス」と云う言葉はアットいう間に世間に広まり、現在では古き言葉?クラシカルな響きを持つ言葉になっています。 我々の後、物真似やらおかしなものが出回りましたが、初期に活動した連中は現在、演劇、舞踊、ダンス方面に大きな影響力を持つようになっています。 SATORU君は堪能なフランス語でフランス語圏での建築設計、現場管理を日本の建築会社と契約する事で生計を立てていますが、相変わらず、ヨーロッパ、南米、アフリカの民族舞踊団の公演マネージメントに関わっていたり、ぶらりとサハラ砂漠徒歩横断したり、好きな尺八の材料を求めて各国を遊び回っています。で、何か有る度に、兄貴分たる私へは日本でのプロデュースを頼む。と依頼をよこす。ま〜長い、因果な付き合いになりました。然し、私の子供達へは、サハラ砂漠のあるいは死海、赤道直下の・写真・現地の話・現地の人間・寒い所・暑い所とかの、おおよその日本人とはかけ離れた話をしてくれたり、パフォーマンスを見せてくれたりして、私に迷惑を掛ける以上の事をしてくれます。 SATORU君は、長身痩躯、マーロンブランドを細くして、アインシュタインのような髪形。中近東にいても、アフリカにいても現地人と変わらない容姿をしています。日本国内では最近でこそ外国人扱いされないようです。が、私は眼細く皺垂れ下がり、短躯前左右出っ腹短足、頭頂部ではハエさえこける禿、おまけに左右後頭部は白と黒のまだら髪。まさに宇宙人の神秘コンビです。学会の定説を、DNAによる先祖説を復するコンビです。 最近でこそ「パフォーマンス」という言葉はあらゆる場面に使われクラシカルな言葉になりましたが、1975年以前では余り使われもしませんでした。が、僅か25〜30年。思うに、活動者があって、多くの面白いと興味を持った人が引き継ぎ、それまでの演劇、舞踊、ダンス、アートシーンに取り入れられた結果、現在では一般用語になったと思っています。 価値観は時代と共に変わりますが、『言葉=(この場合造語)』、あるいは『物の見方』に変化を及ぼすのは、個である人間一人一人が活動しなければあり得ないと思っています。私は70年安保世代の人間ですが、この後、一番嫌いな「しらけ時代」が来て、そのあとは私にとって、よく分からない時代になりました。 が、SATORU君は私の嫌いなしらけ世代人間ですが、熱き思いを秘めた男でして、そんな日本を嫌いボルドーへ渡りました。このような人達が多くいるのも事実でして、実はこのしらけ世代からは優秀な人が現に活躍し、私にも影響を及ぼしてもいます。決して先人だけから影響を受けるのではないと思うのです。と、SATORU君との付き合いから学び、自分より若い人をも見つめるようにしています。 価値観の変化はこういった個人の活動からも生まれます。個人の能力に差の有る事をつくづく経験していますから、SATORU君をも尊敬している私です。言い方を変えますと、自分なりに制作、創作し、発表する事で評価を甘んじて受ける立場にさらされる事が、人に影響を与える事と考えます。この堅持する姿勢が世間の小さい評価から価値観の変化にまで及ぼすのではないかと考えます。もっとも個人が与える影響力の微弱さは十分存じております。 私の場合はポーズのみ?を、彼が甘く採点してくれている事で長いお付き合いが出来ていると思うのです。然しながら、会へば飲んで意見が衝突し、時には殴り合いにもなりますが又、「しみるな〜」って言いつつ肩組んで、赤提灯へ行くおかしな二人です。 そんなSATORU君が最近、骨折しまして松葉杖。私共家族はいたわりますが、ま〜・お馬鹿さん・というのはかく言う我々を言うんでしょう。二人してボトル一本半。空けました。ハハハ・・・彼の翌日は悲惨だった。 私が家内、子供達にどんなに叱られたか。・・・ご想像下さい。 SATORU=中村 悟; パフォーマー・現代アーティスト・民族舞踊団プロデューサー・契約建築士・パリ発アーティスト情報誌発行 《マリ・国立舞踊団結成に尽力、仙台市・福岡市・国立劇場での公演プロデュース》・現在休養中。 NiSi−TAKA=高西伸二; 大手商社社員・元プロドラマー・中南米リズム精通者・現在仕事人間中。 |
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