絵の管理人、徒然コラム#50     

絵の広場・管理人徒然コラム


第50回 2007,12,20 やはり、子供は素晴らしい。
 今回は、『やはり、子供は素晴らしい。』と題して書きます。

まず、以前に「学生の絵に失望した。」と書いたことがあるので、その文章を青色文字で、まずここに記載します。
お読みになってから、赤字本文をお読み下されば幸いです。

…………………………
国公立大学に通う、ある教師希望学生の絵について・・

 現在、謙遜で《いい加減な》と言いつつも展覧会を開催中の私の元へ、友人が「この子の絵を見てやって」、と連れてきた。
学生本人の顔色は恐る恐る大分緊張していたようである。が、周りに飾ってある当代においても優秀な作品を見ることなく、私にファイルを渡しながら「見てください。」と言う。
渡された絵は幼稚園生にも劣る、残念ながら『絵らしき』物としか私には見えなかった。具体的に言えば、シャガールを色鉛筆でA4サイズに真似た。らしきモノでした。
この学生の学部にいる美術教授を知っているが、そんなことは口に出さず、ともかく直感的に血が頭に上り、アキレ・ドナリツケタ。
努力する人への侮辱とも取れるし、私にも失礼な悲観だけが残る絵らしき物であった。

理由は分からないが、連れてきた友人は、自らが強く言うのを避けたのであろう。
彼は、吉本隆明氏とは友人であり、私とは大江、高橋、辻文学についても話し合う程の人であるから、空しさを感じ学生に対して遠慮したのであろう。
学生が見せた絵と言えない代物・・若い人に期待しているだけに誠に残念であった。
仕方がない、暫し作品を見せ講義をしてやった。これは歳の功というサービスだ。
そして、私の友人は悪く思ったのであろう、私の作品を購入した。

彼が所属する学部の教授氏とは話し合うつもりだ。
この人は、絵を見る力に関しては非常に優秀で、デッサンも又優れている。・・・が、あえて言わせて貰うなら色を使えない人で、現在、筆を持つことがない。と聞き及んでいる人である。
彼は大きな勘違いをしているのか、諦めているのか・・大きな疑問であった。
大学の教育美術コース・・・地に堕ちた。とこの教授には伝えるつもりである。そして教育を想像し、恐ろしい気分になった。

絵を描く:
観察から始まる総合力である。写真のように描くのは訓練すれば簡単だ。
社会も知り、本も読み、喧嘩もしなければ《絵は描けない》。
教育学部での美術指導に大きな疑問を持った。

…………………………

と、以上のように書き及んだことがありましたが、今回は、やはり『子供の絵は素晴らしい』です。

然し、全ての子供の絵が良い訳ではないのです。
数多く子供の絵に接してきているが残念ながら、印象に残っている子供は少ないです。
その中の一人が高校1年生になっていて、進路の相談に来ました。
絵を何点か持参させ、私のアドバイス資料にさせて貰いましたが、『良い』。

才能というか教養と取るべきか、感じさせるものを久しぶりに見せてもらいました。
必然的にアドバイスは、経験深い大人にするが如くしました。学生に話したレベルより数段高い内容を伝えたつもりです。
理解しようがしまいが、私の話しを子供の受け取る儘にさせ、私自身の事、参考になり得る友人の事等を話すだけで素直な感覚に任せることにしました。

ある大学生の絵に悲観した。と書きましたが、
感覚的なものは、生まれ持ったもの、育つ環境に、実に多いことを今回、子供が実証しました。
いずれの分野に進んでも自ら開拓できる子供は少ないでしょうが、観察した物を白紙の上に絵として表現できる、こういった子供こそに大人として適切なアドバイスは必要と思った次第です。
絵が良かったから絵描きになれるぞ。ではなく、理学者に向いている。とも言わず、建築・医学・工学どの分野に進んでも生きていける子供と踏んで私なりに話しました。
子供には現実世界を話し、進路は自らが考えるよう話せたのも、彼に才能を感じたからです。
少なくとも彼は、彼自身が選択する専門分野で開拓者。と成り得る将来を私には感じさせました。更にこの時間は、私にとっても伝える喜びを持てた時間でした。

その子供、いえ、彼がいるとき偶然遊びに寄って呉れた、パリ在住の後輩アーティストも、話の途中でしたが真剣に耳を傾け、参考になるよう今迄の経験談、日本の外の社会の現在、生き方を話して呉れました。
偶然とは云え、「何か、この子・・ツイテイルぞ・・」と期待を持ちました。
出会いをそんな身近に感じた訳です。

親が、周囲の大人が遠まわしに子供に理解を示す。
この大切な教育が教養となる訳ですから、親、即ち大人が重要です。
多くの子供の、幼児の頃の絵からは素直に素晴らしさを感じます。が、成長と共に薄れ、消えていく思いで接するのは私だけではない筈。
 我々が子供に期待を持つ為には、
大人は否定する能力と認める力を持たなければなりません。
私も、もう少し、子供に負けない気持ちでやります。
気分の良い午後のひと時でした。

最後に、
私の周辺に住む才能のある子供2人を知っています。一人は今回アドバイスした高校1年生。もう一人は中学3年生。将来が楽しみなのは勿論ですが、彼らとの会話にはいつも満足する自分を見ます。
齢を重ねると若い人に希望を持つのが人間。反面、厳しくも有りたく思います。


今回のコラムはこんなところですが、以上を読まれて、私を差別主義者とは思わないで下さい。
もしも、そう思われた方は少し考えを深めて頂きたい。
深く考えても、私は差別主義である。と判断する方は、深い哲学に基づいた差別主義者です。そのような方が増える事を願っています。

平成19年12月20日
                         絵の管理人。 











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